洗練される資産話

 大変実り多いメール交換をしている。
 よく言われるのが「資産があって遊んで暮らすっておかしくない?」というもの。これに対して「資産持って仕事してても別にかまわないし」というのは、これまでもよくやったやり取りだ。
 一歩進んで「社会に貢献して関わる=仕事でお金を得るということ」だと言われて、そりゃぁ違うだろうと言ったというお話。社会の役に立っていて自分の個性を生かしていても、お金にならないことは山ほどある。そういう活動、宗教的な表現では「魂の役割」を「お金を稼がなければならない」という現世的な制約のためにあきらめたり、果たせなかったりするのはとても悲しいことだと思う。
 お金になるかどうかわからないから、本当は演劇が好きで適性もあるのに、演劇の道に進むことをあきらめるとか、高いお金を払って演劇の学校に行かないとか、留学できないとか、まぁ様々な選択肢で制約が出てくる。そんなことのために、本当に魂が求めているなにものかから目をそらして役割からかけ離れた人生を生きるって、とても悲しいことじゃなくて?また、貧乏に耐えてそういう生活を送るというのも、それで幸せならいいんだけど、まぁ、計算できる限りでは僕はしないな。とはいえ、僕は飢え死にするかもしれないと思っても自分を曲げては働けなかった人だけれど。だからって、同じ経験をしたら5人に4人ぐらいは死んじゃうと思う。
 まぁとにかく、僕が思っているよりもお金に対するハードルって高い。知らずに縛られているという実態が、見えてくる。自分が「お金のために自分を曲げるぐらいなら死んでやるぅ」を本当に実践してしまうほどお金に縛られていないから、そういう人の発想は本当に聞くまでわからない。
 だから、本当に今のメール交換は重宝している。逆に、これまでわからないと思っていた普通の人の感じ方でも、勉強すれば知識としての蓄積が出来るのではないかと思った。