のどを痛めた日

 10時のチェックアウトを延長するかどうか迷ったが、別にそこまでしなくても良いかと思えるほど体力が回復していたのでそのままホテルを出た。朝はちゃんと無料のトーストを食べたしね。ジャムとかじゃなくて、チーズを載せて溶かし、サルサソースでピザ風にした。
 そもそも1万円持っていなかった持ち金がわずかになっていたため、コンビニの場所を聞いておろした後、ホテルの隣にあったサンデーサンに入る。周辺を少々歩いたが、かなり長期的に持ち家らしきものにちゃんと人が住んでいて落ち着いた生活があることがわかる。昨日の扶桑社のデスクやライターさんが「そんな街に本当にホテルがあるんですか?」と驚いたのも納得できるような場所。なるほどねぇ。
 サンデーサンは九州にはないので久しぶり。ろかちゃんがデザートを食べに行きたがるのでよく連れていった記憶がある。彼女も今は人妻か。我が身一つは元の身にしてとまではいわないが、時は流れるもんだ。
 13:30に竹橋(たけはしではなく、たけばしらしい)に着くべく、12:30に出発。念のためミニ坦々麺を食べていく。最初に頼んだドリンクバーがちゃんと割引になった。いろいろ書くべきことはたくさんあったはずだが、なんだか暇になってしまってあまり仕事しなかったなぁ。
 予定通り1回乗り換えで竹橋へ。なんとか賞を受賞したという優秀建築の建物に入り、ある人に連絡を取る。んで、喫茶店へ。この時間でもおよそ満杯。食事時間が不規則だからなんだそうだ。
 ここでも本をプレゼントされた。予期していたが重い。この喫茶店は出版社BとCの人たちと一緒。Bの人はかなりメール交換をしてきたが会うのは初めて。しかし、企画書につながる重要なアイデアをもらった気がする。前日といいこの日といい、やっぱり話が華やかだねぇ。僕からも資産運用に関する話、プラン、企画案(僕が書けるわけではない)たくさんした。C社には多少引かれたかも知れないと思ったが、そうでもなかったようだ。福岡空港で買っていった焼酎2本とはここでお別れ。重かった。大変重かった。その代わりに本をもらったと思えばさして重くもない上に、荷物の数は減っている。
 その足で東京駅へ。悪名高い大手町の東西線東北新幹線の乗り換えを時間計測したら13分程度だった。そうでもないね。両肩の荷物の重さが同じぐらいになりバランスがとりやすかったせいもあるかもしれない。えっほえっほという感じでさくさく歩けた。
 宇都宮行きは高校生の団体と一緒になり、自由席が2両も少なくて混みあっていたが、なんとか座れた。300円指定席を覚悟したとたんに座れたので、運が良かった。宇都宮入りして東口の前でチェックイン。8つ上のOBに迎えに来てもらって、飲み屋に。そこで18歳ぐらい上のOBと、同じ年齢の先輩とに会う。まだこのぐらいのメンツは集まるのか。ひめちゃんにはやはり会えず。しかし、彼女の子供が「馬鹿である」と、酷評されているのを聞く。子育てに向く家庭ではあるまいが、まぁ、IQぐらいは高いのかもしれない。やつも国立医学部の確実な推薦枠を蹴った女史だったからなぁ。そういえば、女性が優秀で男性が馬鹿な家系だったように思う。富士重工の役付だったので出征していないとも聞いた。
 午前二時にホテルに戻る。飲み屋の後に寄ったOBの家の空気はタール濃度が高く、喉を一気に痛めた気がする。
 また寄ろう。面白そうだ。昔と同じアカデミックな話は今も健在。ただ、みな一様に歳をとる。時代の背中に乗るような出版社のようなオンタイム感がないのが、残念といえば残念。精神的にはこちらにずっと近いのだから。
 とはいえ、汐留でも似たような精神的親近感を得ていくことになるのもまた、悪くはないと思った夕べ。シャワーも浴びずに眠る。