僕の希有な結婚(2)

 結婚後は、とりあえずお金のために何かをするのを一切やめました。やめさせられました。僕は感性が強く、それだけでぼろぼろになるのを家内は良く知っていましたし、長い目で見てずっと結婚生活を送るためには、まず自分のケアが必要だったからです。家内はそれをよく理解し、なにかにつけて僕がいろんなお金が稼げそうな話を持ってくるのを、とりあえず休むように押しとどめ続けました。今でも独創的な起業企画には事欠きませんが(数えてみたら表の商売で8個ぐらい、法に触れないけれども比較的アングラな商売で5個ぐらい。どれも3年後には数億の売り上げになるはずw)、その当時でもそれは同じでした。

 後日、僕を20年の孤独から救った「金持ち父さん、貧乏父さん」に、「マクドナルドよりおいしいハンバーガーを作れる人は多いが、マクドナルドと同じシステムを作れる人はまずいない」という言葉は、この当時の僕のためにあったのかもしれませんでした。企画が独創的かどうかはその商売の成否にほとんど関係がありません。まぁ、精神的に落ち着いている今なら「めんどくさい」の一言ですむことが、当時はみな金儲けの大切なチャンスに見えて仕方がありませんでした。

 このころ、こうして僕を押さえていたのは論理的には正しいのですが、徐々に無くなっていく貯金と共に、しっかりと二人の(途中からは3人の)家族生活をじっくりおくることはなかなか勇気の必要な作業でした。子育てのために家内が働きに出る選択肢もとりませんでした。

 信仰としては、信じて待てればお金はなくならないという、これまた漠然とした希望もありました。事実、結婚したての頃は数ヶ月でお金は底をつくはずだったのですが、実際にお金が底をつくまでには2年半かかりました。様々な理由から様々なお金が懐に入り続けたのは事実でした。

 とにかく、生活できなくなるまではそのままいってみるしかなかったわけで、破れかぶれの部分もあったかもしれませんが、結婚前のように経済的理由だけで死んでしまうような事態には陥らないだろうという安定感はありました。