段々進んできた。

 要するに、僕にとってすべての我慢は、母親の強烈な抑圧に対する我慢と同じになるということらしい。んで、そのこころは「すべての感覚の遮断」なんだそうだ。あー、乖離一歩手前?なので、大人になってからも我慢するというのはすべて感覚の停止を併発しているんだそうで、意識していないとこれが大変疲れるんだそうだ。
 なるほどね。
 しかも、そこには「好きだけれども怖い」という感情を併発しやすく、こんなんでよく複数の恋人と恋愛してこられたなと、我ながら感心する。

 今回の分析が始まる前、自分の両親に病態を伝えたと言うことだったが、そういうことだったのね。両親が認める専門家が病気を認めたことにより、個人的には大変満足である。まぁ、そういうことで、我慢しないという前提を持ちながらなんとかここまでの人生を生き抜いてこられたのは、大変素晴らしい現実であるといえよう。