カテゴリ作っていたのだった

 元番頭予定者は「あなたの中には内側から発せられる責任というのはありません」と言われていたが、どうにも腑に落ちていなかった。で、分析中に気づくのだが「状況にはあわせなければならない」という強烈な責任感はあるように思う。だから口が嫌いなわけ。
 そもそも、僕は自分の中にたいそうな数の「なければならない」というものがたくさん存在していた。しかし、医者になれなかった時点で、それをすべてかえて現実にあわせないと体も心ももたなくなってしまっていた。なので、二十代前半はそれを崩すことに腐心したし、そうした「なければならない」的な責任感を嫌ったり、低く見たりする傾向が強い。そのままだと死ぬしかなかったからね。
 で、結果としてそうした強い欲求に突き動かしたのは「状況にはあわせなければならない」あるいは、「自分に合う状況を探さなければならない」というもの。これは究極的に状況に対する自我無力感を生むから、転向したのは当然の成り行きだったのかもしれない。思ったんだが、こういうのって現実主義者って言います?考えてみると親父に似ているような・・・。
 でも、生きていきやすそうな気はする。病気が高じると普通の人よりは死にやすそうだけど。